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2004.11.22

「ハウルの動く城」を見て

「ハウルの動く城」のテーマは、ずばり「戦争と老い」であった。
実にタイムリーなテーマ選択だったと思う。いくつか感じた点を書き連ねてみる。

今、日本は高齢化社会に突き進んでいる。若年層に年金、福祉の負担がのしかかり、すべての世代において将来への不安が大きくなっている。世界に目を向ければ、各地でテロが多発して、イラクを始めとする中東の紛争は激しさを増している。そんな情勢の昨今において求められるものは一体何なのか?その答えを「ハウルの動く城」は与えてくれていたように思う。

ハウルの城は、つぎはぎだらけでレトロな蒸気機関を思わせる動力で動く。増改築されて複雑に入り組んだ日本の温泉旅館というイメージがぴったり当てはまる外観である。ハウルが悪魔との契約によって得た"魔力"には、実は使いすぎると人間に戻れなくなるというリスクが伴う。この動く城は、旧体制のまま新しい時代の流れに対応できず制度疲労を起こした今の日本の社会のメタファーなのではないだろうか。圧倒的に不足する税収を補うために乱発される国債は、悪魔に心臓を明渡した結果得られた一時的な"魔力"なのである。確実に訪れる破綻は免れないが、それを遅らせる効果はある。ソフィはこの抜け出せない悪循環を断ち切るために奮闘するのである。

ソフィは城の中を掃除をすることによって、間接的にハウルを金髪から黒髪に変えてしまう。ドラゴンボールでは、孫悟空が成長に伴って猿→アジア人ハーフ→金髪碧眼の白人=スーパサイヤ人になることで、日本人の持つ西洋至上主義を暗示していたのに対して、ハウルはまったく逆の過程をたどったわけである。西洋の後追いを止めて日本人としてのあり方を探り始めたバブル崩壊後の日本経済のどん底の姿と、"美しくなれけば生きている価値がない"とがっくり落ち込むハウルが、重なって見えて仕方がなかった。

一方ソフィは、快活で皆に愛される妹や、派手好きな母親に圧倒されて、"自分は美しくない"と落ち込む。そして、呪いによって老婆になってしまったとき、(姥捨て)山に自分から上っていく。帽子の飾りつけができなくなり、老いてしまった以上、生まれ育った故郷にはもういられないと考えてしまうソフィの言動には、老いに対する現代社会の厳しい姿勢が投影されている。

しかし、ハウルから必要とされ、カブ頭のカカシに慕われ、マルクルに城にとどまるように懇願されるという経験を経て、ソフィは"今なお必要とされている自分"という存在に自信を深める。その自信が色濃く表れたとき、そしてハウルを強く想ったときに、呪いは薄れ若い身体に戻ることができている。これは、激動の現代社会から疎外されたように感じてしまっている老年の方々へのエールに他ならない。この随所にちりばめられた"敬老"のメッセージは近年のアニメにはない特徴であろう。

最終的には、ハウルは悪魔との契約を解消して、ハウルの動く城はばらばらに壊滅してしまう。やはり旧制度はいったん崩してしまわねばならないのだろう。各所に生じた軋みを魔力によってとどめていても本質的な解決には至らない。その結果、ハウルは居心地の良い城を失ってしまったが、同時に魔女からの恐れからも開放されて、愛する人を手にいれることができた。そしてカブ頭のカカシの呪いを解いたのは、童話でお決まりの愛する人の接吻であった。ハウルの心臓を抱えた荒地の魔女の心を動かしたのは、ソフィのハウルを想う気持ちであった。

近い将来に起こる日本経済の大混乱と旧制度の崩壊はもはや止められない。しかし、ほかの人を思いやる"愛"は決してなくならない。そして、再興になくてはならないものでもある。

以上 妄想炸裂感想文でした。

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