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2004.05.25

ホームサーバーの存在意義を考える

ホームネットワーク構想が謳われ始めてから、ずいぶんと年月が経った。
ここ数年に至っては、家電メーカーのみならず、IT企業のIntelやMSもデジタルホームネットワーキングを語るようになった。

そのホームネットワーク構想で必ずと言っていいほど登場するのがホームサーバーだ。その定義は、外部のネットワークと家の中のネットワークの橋渡しをするゲートウェイの役割を果たし、家の中のデジタル機器を統括する親玉として家庭に必ず一台は用意されるべき機器、といったところだろうか。

実際、電機メーカーからホームサーバーに類される商品は出揃いつつある。先に述べたホームサーバーの要件をそのまま機能として実現しているシャープのガリレオ、DVD搭載HDDレコーダーとみせかけてPCとの連携をかなり重視しているNECのAX300、チャンネルサーバーという微妙な表現ながら、実は初のUPnP対応CE機器であったSonyのCoCoon、家庭内のPC同士の連携を重視した富士通のFMFNS-201、売れ筋のDVDレコーダーの中で最もPCとの親和性の高い東芝のRDシリーズも挙げてよいだろう。

しかし、ホームサーバーの定義にもっとも近いシャープのガリレオが一家に一台の勢いで売れてはいないし、VHSの代わりにDVDレコーダーとして購入されるケースを除けば、他の商品もはっきり言って全然売れていない状態である。一部の家電メーカーはコンテンツ供給サイドを意識して、意図的にPCを排除したホームネットワーク構想を描くこともある。その際たる存在がPSXだったのだが、現状は周知の通りだ。では、PC系なら売れているのかというとそうでもない。MS版ホームサーバーといえるMediaCenterPCが、通常のPC売上ランキングの常連になったりはしていないからである。

こういった現状を考えると、ホームサーバーの存在意義について根底から考え直さないといけない時期に来ているように思われる。全世界で年間1億台以上売れている、最も普及した汎用デジタル機器であるPCを無視して、ホームネットワークなど成立するはずもないし、だからと言ってPCに専用GUIを被せただけで満足できるような存在でもないことは明らかだ。先に挙げたPCの売上台数はコンシューマー向けだけでなく、企業向けの数も含まれているが、職場でも家庭でもマウスとキーボードの操作に十分に慣れて、Officeくらいのソフトであればらくらく操作できる人々が増えていることだけは確かだ。

ではここで、xDSLやFTTHなどのブロードバンド回線が導入済であり、一台以上PCを保持している家庭をターゲットとして、ホームサーバーというものが仮に必要だとすれば、どういった要素が求められるか考えてみたい。Blu-rayやHD-DVDを搭載してデジタル放送対応をするという、DVDレコーダーの延長線上に乗っかる機能は、あえてここでは除く。少し別の角度から個人的に考えた案を一つ挙げてみたい。

それは信頼性の高いストレージ機能だ。HDDを複数台搭載して、指定したデータのバックアップを定期的に取ってくれて、家庭内に信頼できるデータ保存領域を提供するパーソナルユースのストレージである。これはイノベーションの解で言う「無消費」に相当するイノベーションに相当すると思われる。

だがもう一つの無消費は、用事を片付けたいが、市販製品が高すぎたり、複雑すぎたりするため、自力で出来ずにいるときに発生する。そのため、彼らは不便で高くつく方法、または満足いかない方法でそれを片付けることに甘んじるしかない。このタイプの無消費が、成長機会をもたらすのだ。新市場型破壊は、金やスキルを持たなかった大勢の人が、製品を購入し、利用することで、自力で用事をこなせるようにするイノベーションである。これから先、「無消費者」と「無消費」という用語を、この種の状況を指すものとして用いる。つまり、用事を片付ける必要があるが、望ましい解決策がこれまで手の届かなかったところにあった状態だ。このような新市場を標的とするイノベーターを、「無消費と対抗している」ということもある。

一台だけのPCで全くバックアップを取らない状態で日々運用しており、万が一HDDがクラッシュしたら目のあてられないような惨状に陥る人は、かなり多いはずだ。自分でLinuxサーバーを立ち上げてSambaを入れちゃうパワーユーザーを除いて、ライトユーザーは基本的に一台のHDDに頼って大事なデジタルコンテンツを溜め込んでいるはずだ。しかし、このコンテンツが失われるリスクは確実に存在しており、多少なりともそれを意識してはいるものの、実際にバックアップという用事を片付けようとすると、途端に複雑で不便で高くつくのが現状である。ちょうど江島さんのBlogにもバックアップを薦めるエントリがあったが、大量のコンテンツを抱えたパワーユーザーこそデイリーバックアップの需要が大きいかもしれない。

今後、コンシューマーの保持するデジタルコンテンツ量は増加の一途を辿るだろうし、何より信頼できるストレージ機能によって、一家に一台という大義名分が十分に果たされそうな気もする。家庭内の複数のデジタル機器を直に統治はしないものの、まずは家庭内のすべてのデジタルコンテンツを集約し、管理する役割を果たすとき、無消費状態にあるホームサーバーにも存在意義が出てくるのではないだろうか。

複数のHDDを搭載して、NetBIOS,AppleTalk,NFS,FTP,Webdavなど出来る限り多くのファイル共有プロトコルに対応して、業務サーバー並とまではいかなくても、きちんとバックアップを取ることによって、個人用途では十分な信頼性を実現するストレージを提供するホームサーバーが登場したら・・・皆さん買われますか?

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2004.05.11

国内電機メーカーはWintelになる夢を見られるか

CNETの渡辺さんが、クリステンセンの「イノベーションのジレンマ」「イノベーションの解」を元にして、ネットワーク家電及びインターネットビジネスの現状分析を行っている。その一連のエントリに対するトラックバック。

デジタル家電のウィークポイントがコンテンツ管理とDRMの整備であるという指摘は、私のこれまでのエントリの内容にかなり近い。ネットワークの複雑性をいかにうまく隠すかがポイントという点も全く同意できる。
ネットワーク家電は顧客の用事を片付けているか?:製品市場の現状(1)
ネットワーク家電は顧客の用事を片付けているか?:製品市場の現状(2)


続けて、完全にモジュール化がなされた産業は儲からないというクリステンセンの指摘を、インターネット業界に当てはめている。
情報経済の崩壊を越えて(1):PC産業での製品コモデティ化事例
情報経済の崩壊を越えて(2):インターネットビジネスはコモデティ化をどのように越えるのか

特に興味深かったのは、

不十分な状況とサービスの付加価値、とごく簡単に触れたが、インターネットや関連機器のネットワーク化まで含めた考えると、サービスにシフトしたという単純な話ではなくなってくる。むしろ、PCもモジュールとして取り込んだネットワーク(家庭内だとビデオ、デジカメ、携帯などとじわじわとネットワーク家電ともう少ししたら自動車)にアーキテクチャーが事実上拡大し、アーキテクチャ全体が再度顧客の要望に応え切れていない不十分な状況に揺り戻っていると再定義した方が全体はすっきりと見通せる。
という部分。情報産業は、モジュール化が前提の水平分業モデルから垂直統合モデルが有利な状況に切り替わるターニングポイントに、今まさに差し掛かっているところだと思う。渡辺さんのエントリでは、ここからポータルサイトを提供するネット企業に話が移っている。
コンピューター産業での収益ポイントは、OSとコアデバイス及び流通とサービス部分にシフトしている。インターネットは全く同じではないが、
 ・差別性の高いモジュール提供者
 ・顧客フロントのサービス提供者
の二つに大きく分かれていっている。前者はMSとIntelが強いというロジックと概ね同じになるが、後者はPC産業でいう、パッケージャーと流通/サービス機能の両方を持っているのと考えられる。収益力のあまり期待出来ないパッケージャーの機能と収益の期待出来るサービス部分が一つの企業の中に共存している状態である。
ITバブルを乗り越えたネット企業がパッケージャーとしての役割を果たし、今大きな収益をあげていることは事実だ。しかし、現在の不十分な状況は、コモディティ化したPCが根底にある限り、サービスがどれだけ発展しても解消できるものではないと思う。また、渡辺さんのご指摘通り、ネット企業のポータルサイトを構成するサービスやソフトモジュールは、圧倒的な速度でコモディティ化されるものばかりだ。一時的に優位な状態になっても、本質的に差別化要素が乏しいため、ごく短期間でキャッチアップされて逆転されるという現象が容易に起こってしまうのである。同様の理由で現在最強の検索力を誇るGoogleも、その没落は近いだろう

提供するコンテンツやサービス自体で利益が出ない以上、ネット企業がこれからも発展するためには、広告モデルを軸とした第二の放送業界としての道しか残されていない。また、ネット企業はPCに依存しながら広告頼みの無料サービスを展開する、というビジネスモデルでしか動くことができないため、Wintel体制を揺らがすことも到底できない。従って、情報産業の新たな時代における、垂直統合モデルの実現者に該当する存在ではない言えるだろう。

次に、水平分業モデルから垂直統合モデルへの揺り戻し現象が最も顕著に表れているデジタル家電分野について考察してみる。デジタル家電の新三種の神器と呼ばれる製品群を開発する国内電機メーカーは、キーデバイスの提供を行うと同時に、自らが最終製品の販売まで行っている垂直統合型の企業だ。従ってデジタル家電は、顧客の用事を片付ける点で不十分な状態に陥ったPCに成り代わる可能性が一番高い存在と言えるだろう。

しかし、近い将来にデジタル家電も必ずモジュール化の道を歩むことになる。その際に差別性の高いキーデバイスを提供するIntelのような存在になれるかどうかで、明暗が分かれるだろう。デジタル家電の落とし穴としてよく指摘されるシリコンサイクルも、Intelモデルを実現できた企業には全く無縁の現象となる。そもそも、シリコンサイクルという現象が認知されるきっかけとなった2000年のどん底の谷は、Intelが意図的なDRAMのコモディティ戦略を図った結果という側面もある。従ってその回避策は明らかで、PCでいうCPUやGPUのようなキーデバイスのベンダーになれば良いのである。

デジタル家電のキーデバイスは、液晶テレビやPDPテレビであれば、「画像処理LSI」や「メディアプロセッサ」、デジカメは「CCDやCMOSセンサーモジュール」、DVDレコーダーは「次世代光ディスクドライブ」、「HDD」、「放送信号処理や動画圧縮処理を行うLSI」あたりが有力な候補だ。良くキーコンポーネントとして取り上げられる薄型テレビのパネルは、恐らく差別化を図ることのできる要素にはならないと私は考えている。なぜなら、差異化のポイントがサイズ、応答速度、発色数くらいのものであり、容量やエラーチェック機構くらいしか差のなかったDRAMと似た特徴を持つからだ。ただし、東芝、キヤノンの開発しているSEDパネルは未知数だ。噂によると液晶の未来の雲行きが怪しくなる程、画質、コストパフォーマンスにおいて競争力があるらしく、正式な製品発表が待たれるところである。

今後の展望で最後を締めくくりたいと思う。2004年のアテネ五輪、うまく行けば2006年のドイツワールドカップあたりまでデジタル家電特需は続き、国内電機メーカーはしばらく春を謳歌できるだろう。次回のシリコンサイクルの谷と言われている2006年には、実用レベルのDRMを備えたLonghornも出てくる。それまでに国内電機メーカーがIntelモデルを実現し、キーデバイスの提供する体制を整えていれば、日本の家電産業の真の復活も夢ではなくなるのだ。


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